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ペルソナ3のエンディングについてもやんもやんしているのでまとめてみます……まとまるかな。ネタバレ注意。

まず私は主人公が死ぬことを既に知っていてプレイしたのですが、それでもエンディングを迎えた後、「あれ? これって死んだの?」と思いました。ニュクス戦にて全HPを消費した主人公がそれでもタルタロス崩壊後に普通に現れたことと、綾時(多分)が「日常が戻ってくる」と言っていたので「ああなんか少年マンガ的なミラクルが起こって死なずに済んだのかな」と解釈したわけです。その後普通に学園生活を送っていた様だし、まさかその時点で死んでいるとは考えにくい状況でした。

12月31日の選択で綾時を殺さなかった場合は有無を言わせず封印エンドな流れのせいもありますが、「なんとかなる」という希望をプレイヤーは持たされているのに、一択の選択肢(大いなる封印)の結果が結局死だというのに違和感を感じます。人は遅かれ早かれ死ぬのでどちらの選択肢を選んでも死ぬのは一向に構わないのですが、主人公に「自分はこれから死ぬんだ」と思わせるような流れは欲しかったと思います。作中では納得して死ぬ人が多かったせいかもしれません。つまり、プレイヤーにこの選択肢を選ぶということは死を自ら選ぶことだと納得させてほしいのです。12月31日では早すぎる。

逆に言うと、私は納得しさえすれば主人公が死んでも構わないと言っていることになります。どうやら悲劇が好きみたいなので完全に趣味が出ていますが(だってクライマックスで死ぬとか最高の筋書きじゃないかな)、封印の後すぐに主人公は死んでいたほうが話の流れはスムーズになるのではないでしょうか。その後記憶を無くしていたメンバーが約束を思い出して屋上に集合して、ひとり足りないねな流れの方が盛り上がって……って、現実的というよりはやっぱり完全に趣味というか好みです。すみません。

橋野氏は「死の疑似体験」と言っていますが、確かに疑似体験にはなっていると思います。ただし自分のではなく、例えるなら大事な友人の死の疑似体験でしたが。それは作中ですでに主人公と自分との意識が分離しているせいであり、私の場合はそれはエンディングまでの一連の流れによって感じる違和感のせいです。既に書いた選択肢の不自由さや、膝枕の相手とか(笑)いやあれは本当に「何で!?」ってつっこみました。キャラ好きにはたまらない展開だとは思うのですが、私は「どいて!!」という感じでした。しかもアイギスの脚部はチタン……というかそもそも具合の悪い人に膝枕するのは余計悪化させる気がします。膝枕と腕枕のドリームに全力で対抗したい。

アイギスといえば、彼女は人間らしくならない方が良かったかなと思います。人間に近づいていくけど、本質的にはロボットのまま断絶を感じるほうが現実的です。というか好みです。口調もあのままの方がまだ可愛げがあったのにと思います。

……書いていて段々自分の傾向が分かってきました。要するに自己犠牲によって自己陶酔する傾向にあるようです。リアルの話ではなくて物語の好みの話ですが、だから最終的に死ぬことに関しては構わないんだなと。

・納得する死に方させて!
・でもって陶酔させて!

というところでしょうか。我ながら結構陳腐というか……

そういえば犬の散歩していて思ったのですが、主人公が10年前のムーンライトブリッジに正装(黒)でいる理由はお葬式かお通夜に行った帰りだったのではないでしょうか。正装なのは、設定資料集に絵がないのでアニメ制作の現場で適当に描いたっぽい匂いがしますが、それに加えて影時間への適性を持っていたことを考えるとそれくらいしか思いつきませんでした。
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